2013/05/21

その街の今は 【再読】

その街の今は
その街の今は
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柴崎 友香
新潮社
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■柴崎友香
この小説は2006年10月に出版されたもので、大阪のミナミ(心斎橋、本町、難波あたり)が舞台になっている。「街」が主役というか「街」のいろんな日常風景がひとりの女性(28歳・独身・カフェのアルバイト店員、名前は「歌」さん)の視点・一人称で綴られている。

歌さんは以前はOLをしていたのだが、のんびりした社風だったそこが潰れてしまい(『フルタイム・ライフ』を連想するなあ)、転職先を探したけれどうまくいかなかったのでとりあえずの「つなぎ」みたいな感覚でカフェのアルバイトをはじめたらけっこう居心地が良くて続いている、もうすぐ失業手当も切れるけど、という状態。素敵な男の人といい感じになるかな?と思って泊まったりしていたのにそのひとは別の女性とあっさり結婚して東京に行ってしまったらしい。それでたまに大阪に来ると普通にしゃらっとご飯食べに行こうとか誘ってくるらしい。歌さんは惚れた弱みというのか、すぱっと思いきれない、んだそうだ。あー……そういう女のひといるよね。第三者だったら冷静だから絶対忠告するんだけど当事者は理屈では動けない、みたいな。
このままではいけないと今まで経験のなかった合コンに参加してみたり、ライブやってるお店で再会した知り合いと酔った勢いで付き合う宣言したものの、お互いアルコールが抜けると覚えてなくて、でもなんとなく友だちみたいな感じでたまに会う、このひとのこと好きになれたらいいのにな、でもそういうふうに感情をコントロールできるなら苦労はしない、なんて思いながら。

そんな歌さんの最近もっとも興味をひかれることが、大阪の昔の写真を集めることなのである。大阪で生まれ育った歌さんは、何故か自分でも説明できないが、まだ白黒の古い大阪の写真を見たり、心斎橋とか四ツ橋の由来を調べたりすることですごく「どきどき」するらしい。わたしならそういうものが見たければ図書館、とすぐ思い浮かべたのだが、彼女は図書館に行って調べたりはしないみたいで、知り合いとかからそういう写真をもらったり、自分で店で探したりしている。「昔の写真」ならなんでもいいというわけではなくて自分の知っている「大阪の」が大事らしい。

  言葉を選んで言っているつもりなのに、写真を見た瞬間のあの実感を説明するのには全然足りなかった。最初に空中写真で焼け跡の心斎橋を覗き込んだときの、あの感じ。なんとかして、あの感じやそれ以上の感覚をもたらすものに出会えないかと思って、わたしは写真や映像を見ている。自分が知っている場所のほうが、その感じが強くあるっていうだけのことなんだけど。

この小説は、歌さんの昔の大阪への関心について触れたり、なんてことのない日常を描きつつ、その行動に伴って流れるワキの大阪の街の風景がとても鮮やかに丁寧に映し出されていて、読みながら、「もしかして、著者が書き記したいのはこっちの、『風景』なんじゃないか、2006年くらいのミナミの道路とか建物とかの流れを文章で写真のように記録しているんじゃないか」と感じた。主役は人間じゃなくて、それをも含んだ、空気とか全部。「ミナミの一女子から見た景色とかそのまんま」なのだ。そうじゃないとしても、そうだと思えるくらい、丁寧に書いてある。

歌さんの生活様式や考え方や行動などからして、もし彼女と話す機会があったとしても話題に困りそうだが、もし「実は、昔の大阪の写真に興味があって」と言ってくれたら、わたしはそこでものすごくホッとして「あ、そういう感覚、なんとなくわかるかも~」と身を乗り出す感じになると思う。この小説が好きなのも、同じような理由だろう。この著者の大阪弁の書き方が自然でそのまましゃべれそうなのもとても良い。

いまは文庫版も出ているようで、この作品はどっちの装丁も可愛いなあ。

その街の今は (新潮文庫)
柴崎 友香
新潮社
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