2008/02/04

ハワーズ・エンド

ハワーズ・エンド
ハワーズ・エンド
posted with amazlet on 08.02.03
E.M. フォースター Edward Morgan Forster 吉田 健一
集英社 (1992/05)
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■E・M・フォースター
聴くとはなしに聴いているラジオだが流行の音楽に興味はなくて、騒々しいのは論外だから、たまにNHKの第2放送などという硬いのをつけていることもあって、大抵は右から左に流して終わるのだが先日たまたま英国の紳士階級がどうの、とどこかの大学の先生が映画を元にして社会構造などを論じておられて、「英国」と「紳士」に萌えレーダーが激しく反応してしまった。後で調べると”NHKカルチャーアワー文学の世界「20世紀イギリス小説―その豊かさを探る」”という番組だったようで、上智大学の小林章夫という教授が話しておられたようだ。

でまあ、萌えゴコロに従って取り寄せてみたものの、「小難しい堅苦しい文学なのかも」と構える気持ちがなくもなかったのだがいざページを開いてみると存外に読みやすく、また砕けた内容でドラマチックな要素が盛り込まれていて、なかなか楽しい小説でほっとした。ことに前半によく出てくる主人公の姉妹たちの叔母などはかなりユーモラスに描かれていておかしかった。爆笑じゃなくて、にやにや笑ってしまう感じのくすぐり。

それにしても彼女たちはよく喋る。
お喋りだというのではなくて、堂々たる論をもっていてそれをまあ回りくどい道筋でもってこねくりまわしてひねくりまわして話すもんだから、結局言いたいこと、彼女たちが望んでいることが非常に婉曲にしか伝わらないようなことになっていて、しかも小説中で彼女たちが話をする相手はそのような精神論だとか比喩とか文学的なことには意味はなくて、ひたすら実際的なことにばかり関心があるような連中であるから結果的に彼女らの意思はほとんど理解されない。ということになっている。非常にはがゆいというか、理解力の無い聴き手にも腹ただしさを感じるが同時にそんな話し方しかできない姉妹の融通の利かなさにもなんだかな、という気がする。
知識も教養もあって、階級差別とか男女差別とかの問題に対する意識も非常に高くて、という非常に賢い姉妹と、ビジネスライクというのか実用実利主義のウィルコックス一家がいろんな縁というか流れがあって関わっていく、その顛末というよりもその展開の中で彼女たちがどういうふうに考えどういうことを発言しどういうふうに成長していったか、ということを描いたのが本書であって、これを読んでいると当時(20世紀初頭)のイギリスの階級社会が実際どれくらいきっちり線引きのあったものか、ということが実によくわかる。とにかく、戦後の日本のように一億総中流階級である(という意識を皆がもっている)ような社会ではまず考えられないくらい、所属している階級によってその「人間」も判断される社会である。また、そういう古典的な身分構造の中に生きる姉妹(彼女らは働かずとも食べていける中産階級に属する)がかなり進んだ意識をもっているのだけれどその彼女たちが女であるということだけで判断を取り上げてもらえないような社会でもある。

正直彼女たちの物言いだけでなくて本書全体の文体がかなり持って回ったもので、直裁な表現をしたらいけないかのように避けて避けて通るような話の持っていき方が好んでなされているからこういう文章が嫌いなひとには厄介極まりない小説かもしれない。話の大筋だけをまとめたら数行で済むような、しかもそう珍しい展開ではないような話なのだが本書が多くのひとに愛されている理由はそのストーリーにあるのではないと思う。
私はマーガレットは好きだがヘレンの言動にはちょっと共感がし難いし、ウィルコックス家の面々とは奥方を除いてほぼご遠慮願いたい、という感じなのだがそれでも本書を最後まで読み通すうちにどこかしら親しみのようなものを感じさせられた。

しっかし最後の池澤夏樹氏の解説を読んでぶっ飛んだね、なんと、これをフォースターは三十歳かそこらで書いたというのだ……! うええええ。マジか! なんたる、なんたる人間観察の鋭さよ!

なお、翻訳は吉田健一。このひとは上流階級の人間だわぁな。