2008/02/10

セ・シ・ボン

セ・シ・ボン
セ・シ・ボン
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平 安寿子
筑摩書房 (2008/01)
売り上げランキング: 49804

■平安寿子
本屋さんに行ったら平さんの新刊が出ていて、小説かな、フランスかあ興味ないなあと流しかけてちらりと窺うにどうもこれは著者実体験をもとにした私小説的なものらしい、そりゃあ(平安寿子という人間には)興味がある!というわけで購入し、ぐんぐん読んだ、面白かった。「あとがき」に本書のことを「エッセイ」と著者は書かれていて、まあそりゃ本人が言うんだしそうなんだろうけれど、でもこの本は「小説」といってもいいくらいストーリー性があって、実に個性豊かな魅力的な登場人物が頻出して、楽しかった。

主人公は「タエコ」で著者の本名も多恵子、ただフランス語の発音だとこれが「タイコ」になるらしい。
1979年、26歳のタイコは3ヶ月間パリに留学し、ある夫婦の家に下宿させてもらう。そこはおしゃれなパリのアパルトマンではなくて、「花の都の面影がかけらもない」「日本でよく見る郊外型」マンションだったが、要はそこの女主人と気が合ったのだろう。ドイツ人レナーテは気風の良い、「オールマイティを絵に描いたようなキャリアウーマン」だった。その夫フィリップもブリュッセルに単身赴任中で週末しか帰ってこないが、おおらかで朗らかで実に楽しそうな人柄だ。

若いタイコはここで主にレナートから人生の先輩としての教え(?)を受け、そして語学学校でいろんな国の若者と交流し、日本とは違う空気に触れる。
と書くといかにも精力的に留学生らしく知識欲を旺盛に働かせていたみたいに読めるかもしれないけれど、本書はそういう話ではなくて、どちらかというと「パリに留学する」というそのことそのものに憧れて有り金をはたいて渡仏した26歳の女の子が結局そこでなにも見つけられなくて日本に帰ってきた、だから長い間誰にもこの事実を話せないというか話したくなかった。という話だそうだ。
わかる気はするなー。
いや、本書を読めばパリに3ヶ月間いたことが無駄だとか、何も得られていないとかは全然思わないし、すごく良い経験をしたとすら思えるんだけれど、当時の、本人にしてみればその焦燥感・行き詰まり感は相当苦しかったんだろうことは容易に想像できるし、深く共感もできる(私は留学経験はないが焦りならいくらでも知っている)。

しみじみするのは26歳のタイコの経験を描きつつその後で添えられる現在の「まもなく五十五歳になる」著者の言葉で、26のタイコとほぼ変わらないレベルでわあわあ焦っている私は「そ、そっか」とこの大人の言葉に随分助けられた。

  生きるとは、想い出すこと。人は、想い出すために生きる。
  なんにもならなかった、なにもできなかったと涙にくれたパリでの日々が、今のわたしの足元を支える土台になっている。
  想い出とは、そういうものだ。想い出こそ、わたしなのだ。


若き日の焦り、それゆえにトラウマになってしまった想い出、それを克服して公平で冷静な目でその日々を振り返ることができるようになった大人の目。その両方があるからこの本は読むと懐かしさと甘酸っぱさとしみじみした感慨を生むのかもしれない。

やあでもほんと出てくる人々が個性的でカッコいい男女もいっぱいで、それだけでも面白いぞ。