2007/11/10

その名にちなんで

その名にちなんで (新潮文庫 ラ 16-2)
ジュンパ・ラヒリ 小川 高義
新潮社 (2007/10)
売り上げランキング: 15487

■ジュンパ・ラヒリ
『停電の夜に』で短篇ながら深い味わいと物語世界の広がりを堪能させてくれたラヒリの初長篇である。さてどうであろうか。期待と不安をもって臨んだのだが、これが非常に巧く、面白かった。人物描写の確かな手応えに加え、ぐいぐい引っ張るストーリーの面白さ、展開のドラマチックさが予想以上にサービスされていて、長い話なのに飽きるヒマがない。空いた時間ができれば飛びつくようにして読みふけった。また、長篇であるにもかかわらずひとつひとつの設定、シーン、情景が丁寧で、濃厚なのにも望外の贅沢を味わえた。どこにも読み流すところがないのである。最後の段落など何気ないことを羅列しているだけなのだが何故だか胸がいっぱいになる。涙が胸の中で波打つ。ラストの一文は、一見平凡な言葉の集合体なのに何とも言えない味わいがあって、思わず二度三度となぞってしまった。
いまはまだ読んでいてもよさそうだ。
これだけ抜き出してもどうってことない。でも、物語をずっと読んできて、最後のこの文章に至ったときにはもう、何ともいえない気持ちになってしまうのだ。この言葉が出るゴーゴリのこの「いまは」「まだ」「いても」……。あああ、ってなるのだ。

ラヒリさん素晴らしすぎっす。
と同時にある感想を抱いたがそれはストーリーをばらす結果になるので控えさせていただく。話の展開そのものは短篇で漠然と感じていたこの著者のスタンスというかある一面がより明確化されたと言えよう。『停電の夜に』が好きだったならばこの長篇もきっとお気に召すはずだ。

とりあえず、スジ事前に知りたくない方は解説を先に読まないほうがいい、ということをご忠告申し上げておきたい。解説ではある展開についてネタバレがなされているだけではなく解説氏の見解までもが添えられているが、あながちそうとばかりは言えないように思うので、先入観を防ぐためにも「解説は本文の後で」を大きく掲げておきたいところなのである。


ロシアの作家、「ゴーゴリ」から名付けられたインド系の男の子がアメリカでその名前と共に成長していく話。夫婦のこと、息子と父親のこと、息子と母親のことも丁寧に描かれる家族小説であり、またしっかり恋愛小説でもある。ゴーゴリの恋愛のドラマチックさには素直にのめり込んでしまう。
主役はゴーゴリだが、その父、その母の視点でじっくり書かれるところも混ざっているので、読者としては一方的な見解に偏らずに済む。だからこそ「家族って難しいなあ」と思ったりもする。

この話は当然こうであるしかない、というような結末ではなく、例えば別の展開だってあるはず、ということを思ってしまう話というか、なんでラヒリはこの話をこういうふうに持って行ったんだろうかなあ、ということを読後もつらつら考えさせられてしまう話だと思う。「そういう作家なんだ」と言ってしまえばそれまでなんだけれど、まあまだ作品数が少ないから。それに、よりによって由縁のある作家として「ゴーゴリ」を持ってきたところなんかの意図なんかを忖度せずにはいられないのだ。あんまり詳しくないけどゴーゴリって決して派手でも皆に広く敬愛されている作家でもないように思う。評価はあるけれど、代表作であり本書でも触れられる「外套」の話そのものだって暗いというかわびしい、少なくとも「ハッピー」なものからは遠いものだし。つまりゴーゴリの父親がその作家の名前を息子に付けたその理由は十二分に理解できるというか、これ以上はない、というくらいの明確な根拠となる出来事が描かれているので疑問を差し挟む余地はないのであるが、もう一歩踏み込んでじゃあ何故作者ラヒリが「ゴーゴリ」を選んだのかを考えると……やっぱ確信犯なんだろうか、そうだろうね、うーんラヒリさんてばあ。という感じになるだ。

私は読みながらゴーゴリ・ガングリーにあまり好感を持てないことも少なからずあった。時には、欠点が目に付いていらいらさえした。いい加減大人になったらどうだ、と思ったりもした。
だけど、なんていうか、……ゴーゴリがそうである、というのはものすごいリアルであるし、彼の思いというものに深く同情するときだっていくつもあった。

とにもかくにも次を読んでみたい、もっとラヒリさんの世界を味わいたいと強く願う。