2007/10/21

空中庭園

空中庭園
空中庭園
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角田 光代
文藝春秋 (2005/07/08)
売り上げランキング: 58274

■角田光代
はじめはその家の高校1年の長女。
その父親。
同じく母親。
祖母(母親の母親)。
父親の愛人。
弟。

各章ごとに視点及び語り手が変わり、それぞれの考え方生活その他が描き出される。
各々の視点でとらえた家族同士の像は各々どこかズレており、読み手は前の章で書かれた彼彼女とこの章で動いている彼彼女の違いに「うーむ、そうか、なるほど……」などと頷いたり「家族」というものについての著者のシニカルなスタンスにややおののきつつ読んでいくことになる。

最初の長女の語りで「何ごともつつみかくさず、タブーをつくらず、できるだけすべてのことを分かち合おう、というモットーのもとにあたしたちは家族をいとなんでいる。」とあって、まあそれが原因でわりと衝撃的な告白などが母親からなされて長女はショックを受けるのだが、読みながら「なんだその似非江國香織小説的ポエジー家族は」と思いつつもまあ今回の話はそういうのを書いちゃうのかな、と次の章を読んだらいきなりすべてがどっひゃーと引っくり返されてああやっぱこれは角田光代だもんなあ、と妙に納得してしまった。
それどころか後半の章でこの家族の実態はこういうふうに評されるのだ。
  逆オートロック。さっき聞いたコウの言葉を思い出す。外部の人間には閉ざされたオートロック式のドアが、自由に出入りできる家の中に存在している。コウはそう言っていたけれど、その鍵は、外部に対して閉ざされているのではない。身内の侵入を防いで閉ざされているのだ。

”このひとはこういうひとだ”
”あのひとにはこういうことしかできない”
”あれはああいう意味で言ったに違いない”

積み重なった思い込みが、家族ならではの頑強な壁の中でどんどん膨れ上がり、みんなそれぞれ、同じ空間で向かい合っていてもてんでばらばらのことを考え解釈している。平和ならいいのだが恨みつらみを抱え込んでいたり悩んでいたり暴走していたりする。

なんだこの家族は。
最初の長女の章でも思ったが、読み進めば読み進むほどその思いは強くなり、果てはなんだかなあ、というむなしさで一定のキョリを常に感じつつエンドロールを迎えた。

家族だから、腹を割って話せることがあるけれど、
家族だから、話せないこともきっとたくさんあるのだろう。

第三者から見てみれば「あれをこーしてこーすればもうすこし」と思えることも、中にいる当人たちはそれぞれのドアの中で自分の城を作っている。

どの登場人物にも感情移入できなかったので余計遠く見えるのかな。

解説は石田衣良だった……。