2007/09/09

石のささやき

石のささやき (文春文庫 ク 6-16)
トマス H.クック 村松 潔
文藝春秋 (2007/09/04)
売り上げランキング: 1475

■トマス・H・クック
初クック。
評判は前々から聞いてはいたものの、「なんか暗そう」「つらそう」「しんどそう」と敬遠していたのだった。
先日ふらりと書店に寄ったらばクックの文庫新刊が平積みになっていて、何気なく手に取ってみたのは帯の”すべての小説好きを魅了する ”というフレーズに反応したからかも知れない。でも同じ帯にはやはり”痛ましい悲劇”というフレーズもあったんであって、「そだよな、クックってそーゆー世界なんだろなやっぱな」とか思いつつ最初の頁を開いてみた。明らかに普通のフォントじゃない。引用とか、そういうときを表わす字体。「あ、そういう出だしか」と読まずにそのまま適当に最初のほうの頁に飛んでみた。今やとても平凡な問題提起ではあるけれど、でも実際の社会ではまだまだなかなか浸透していないという考えの持ち方に触れる父と娘の会話が描かれていた。
ミステリーの小説にこういう会話がごく自然に書かれているのか。そうか、これがトマス・クックか。

本書のどこを見てもこれが悲劇を扱ったものであることは間違いなかった。しかも幼い息子を亡くした母親が中心の話であることも読む前からわかっていた。
最近の私はまずこういう内容は意識的に避けているのである。悲し過ぎる話はできればあまり読みたくない。

にもかかわらず本書をレジに持って行ったのはこの本の数箇所を適当に拾い読みしたときにいずれの箇所でもその文章がとっても自然に体に入ってきたから。その感覚をもっときちんと味わいたいと思ったから。
――そういうわけで読んだ『石のささやき』は期待通りとっても自然に心に響いてくる小説だった。そして同時に、やっぱりとても残酷な、つらい悲しい内容だった。

ちょっと意外だったのは、ミステリーで、評判が良い作家であることから、最終部ではさぞや度肝を抜かれるどんでん返しがあるのだろうなと待ち構えていたわけなのだが(実際、本書の帯にも”最後に明かされる真相の衝撃 ”という煽り文句が踊っている)、小説の流れ的に「そうでなければおかしいだろう」「当然、そういうことだろう」という結末だったことだ。意外性というものはほとんど感じられなかった。
だから一瞬、最後まで読み終えて次のページに「解説」が始まっているのを見て「えっ」と思ってしまったのだが――構えていただけに拍子抜けしてしまったのだ――ああそうか、こういう終わりということはクックの書きたかったことはやっぱりそういうことだったんだな、とあらためて納得することにもなったのであった(ぼかして書いてあるのはミステリーのネタバレになるからです)。

人間性への落ち着いた、冷静な目。
あせらず、極端に走らず、沈着に筆を運ぶこのスタンス。

できそうで、なかなか出来ないんじゃないだろうかこの我慢強さ。だってミステリーなのだ。
よくぞここまで、じっくり腰を落ち着けたものが書けるものだなあ。
読後、じわじわと感慨が沸いてきて、唸ってしまった。これは渋いよ。大人のミステリーって感じだ。なるほどなあ。

タイトルがまた、最後まで読んであらためて眺めるとぐっと来る。
翻訳は村松潔、解説は池上冬樹。まさかクックの解説に福永武彦が出てくるとはね……。