2007/09/16

緋色の記憶

緋色の記憶 (文春文庫)
緋色の記憶 (文春文庫)
posted with amazlet on 07.09.15
トマス・H. クック Thomas H. Cook 鴻巣 友季子
文藝春秋 (1998/03)
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■トマス・H・クック
わああああ~……。
最後まで読み終えて私は心中唸るしかなかった。
これは……つらい、つらいっていうかしんどい、っていうか自分がこの立場だったらと想像するとほんっっっとうに……重たい。

重たすぎる十字架だよこれは……。
でも小説としてすごく良く出来ているから読んで損はない。
MWA最優秀長編賞受賞作。
文句なしの傑作です。
        
読みはじめてすぐに表紙に戻って翻訳者の名前を確認したのは先日読んだ村松潔訳の『石のささやき』に比べて随分古典調な日本語なのに驚いたから。鴻巣友季子さん。
とりあえず言葉遣いが硬い。最近の純文学でもあんまりお目にかからない単語が頻出する。
原文がどの程度こういう雰囲気の単語で構成された作品かわからないのだが、とりあえず「中古」を「ちゅうぶる」、「車道」を「くるまみち」とルビを振って読ませ、「せがれ」「後足(しりあし)」などという単語が自然に溶け込み、ヒロインは主人公に向かってこう尋ねる、「そう思わないこと、ヘンリー?」。
さすが『嵐が丘』を訳したひとの文章だけあるな、1997年に書かれたミステリーを読んでいるのではなくて1897年に書かれた純文学を読んでいるような気になってくる。
このひたすら硬く重厚な和文がこの小説の内容に実にぴったりマッチしているのだ。

      
今や老いた主人公ヘンリーがまだ少年だった1926年の夏。ひとりの若く美しい女性エリザベスが教師としてチャタムへやって来た日から運命の歯車は回りはじめた。エリザベスはやがて同校に勤める教師、レランドと出会い、恋に落ちる。レランドには妻と娘がおり、おおっぴらにできる関係ではなかったが、ふたりの惹かれあう視線は次第に強く深くなっていき、誰の目にもわかるほどの情熱をはらんだものになっていった。眉をひそめる大人たち、そしてそんな「ロマンチック」で自らの感情に正直に生きるふたりの姿に憧れの視線を注ぐヘンリー。思春期頃に多くのひとが抱くであろう、世の枷に囚われず自由に生きる姿への憧憬。そしてその年代が持っているあの眩しすぎる正義感。

静かに静かに、じっとりとその緋色の風船は膨らんでいく。
限界ギリギリに伸びきったそれを結んで空に放つ、その前に。
一本の針が、落とされてしまった。
そして、起きる、悲劇。

……いったい誰がいけなかったんだろう。
神にあらざる我ら人間は誰に向かっても悪いなどと指差せた立場ではないのだ。
ではいったい、どうすればこの悲劇は起こらなかったのだろう?
読み終えて、そう考えるだにテーマの重さに慄然とせざるを得ないのである。

しかしまあ、よくこの内容をここまで我慢して抑え利かせたまま書ききれるもんだなあ……。
レランドの妻の苦しみ、主人公の父親への微妙な反抗心、妻と夫のとらえ方の違い。それらが数十年前の少年の視点と、数十年経たからこそわかる現在の視点とで描かれる。
絶妙。