2007/08/19

リンゴォ・キッドの休日

リンゴォ・キッドの休日 (角川文庫)
矢作 俊彦
角川書店 (2005/05/25)
売り上げランキング: 105770

■矢作俊彦
私の矢作俊彦の入口は数年前、『スズキさんの休息と遍歴』が文庫で出た頃に同作でだったわけだが今回'78年7月に単行本が上梓された『リンゴォ』(のハヤカワ→新潮を経て現在は角川で出ている文庫版)を読んで「あああ入口間違えたっ」というか「あーそのせいで余計な回り道を~」と激しく思った。

去年『ららら科學の子』が文庫化してそれを読んで「な、なんか知らんけどこれってカッコイイじゃないか?」とびっくりしたもんだけど、なぁんだ、そもそも矢作俊彦って30年も前のデビューの年からこんなにぶっちぎりにカッコよかったんじゃないの、知らなかったのヲレが未知だっただけじゃないの、うっわ恥ずかし!
日本人作家で'78年デビューでなんでこんなに完璧にチャンドラー? ハードボイルドの痛めつけられる部分だけが強調されたような小説もある中でこれは……格好良さがもう素ん晴らしい、台詞回し・文章がキれまくって冴えまくっている、いやー、もう、ヒューヒュー! って感じで。日本人作家で「格好良い小説」書いてくれるひとって私の趣味では首ひとつ抜けて村上春樹かなって思ってたけど、矢作さんが同時期からいたんだねえ……!
正直『スズキさん』がいまひとつピンと来なかったからそこから離れちゃったのが失敗の元だった、やっぱ何作か読んでみなくちゃ駄目だなあ。

2篇収録。ジャンルはミステリー。
「リンゴォ・キッドの休日」
神奈川県警捜査一課・二村刑事シリーズ第1弾。
同一の拳銃で殺害されたと見られる高級クラブに勤める女と米軍基地内の桟橋沖に沈んだワーゲンの中で見付かった男。
いろんなしがらみ・力関係が働いている捜査本部から出てくる情報では真実は握り潰されてしまう。そう危ぶんだ(これも思惑アリの)署長から呼び出された二村は休暇中の「フリーの警官」として暗躍することに……。

ふ、古くない。むしろ新しい。冒頭からカッコイイ。だいたい、「フリーの警官」って何なんだよ! 組織の力なんてハナから頼っちゃいない。それでいて押さえるところはきっちり押さえていて背筋はちっとも揺るがない。仁義もきっちり通してる。ちくしょー、カッコ良過ぎるじゃないか!

時々、昭和53年に書かれた話だということを忘れてしまう。「何故携帯を。あ、無いか」と思ってしまう。もちろん言葉遣いやなんか、明らかに時代が感じられるものも少なくはないのだけれど。横浜横須賀が舞台で、米軍基地との絡みなんかが出てきてそのへんの空気なんかも今とはまた温度が違う感じ、クラブのホステスとか娼婦とかの扱いも時代が感じられるんだけど。

チャンドラーなんかもそうだがハードボイルド系ミステリーってのはトリックがどうとかどんでん返しがどうとかいうのはほとんど無いに等しいんでそういう面ではあまり収穫はないのだがそれを補って余りある、とにかく主人公の言動のひとつひとつが渋いぃぃい。特にハードボイルドファンってわけじゃないんだけど、良いものは良いよなあ、やっぱ。主人公があんまり痛い目に遭わないのも私好みというか、安心して読めるかな。

「陽のあたる大通り」
二村刑事もの第2弾。
依頼人は飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気映画女優。彼女は脅迫を受けているという。そして彼女の周りで起こるいろいろなごたごた。彼らは自殺?他殺?事故死?

これも主人公の渋さを存分に味わえる。ミステリとしての面白さもこっちのほうがわかりやすくて面白かったかも。美人女優のキャラクタも洋画のそれを観るかのような洗練度だしね。第1弾に出てくるヒロイン・由も好きだけどね。


  その中に一軒、真新しい硝子張りのスナックが目立った。紫がかった反射硝子を路に向け、中は見透せない。
  私は、その店へ手を挙げ、おいでおいでをしてやった。
  煙草を振り出して、何本かのマッチを背広の打ち合せに隠しながら無駄にしていると、コーデュロイのハンチングを被った男がスナックから出て来た。一目見ほどに大きくはなかった。
  「ディック・トレーシーだな」彼は言った。「尾行されるのがあたりまえと覚悟しているんだ」
  私の口先でじれていた煙草に、防風ライターの炎を差し出してくれた。

(「リンゴォ・キッドの休日」)