2007/07/30

おどりば金魚

おどりば金魚
おどりば金魚
posted with amazlet on 07.08.02
野中 ともそ
集英社 (2007/07)
売り上げランキング: 172297

■野中ともそ
初めての作家さん。西の魔女が死んだ
タイトルと著者名に惹かれて手に取ってみたら北上次郎の帯のコメントが付いていた。ぱらりと中の様子を窺うになかなか良さそう。ということで読んでみることにした。
調べてみたら梨木香歩『西の魔女が死んだ』の単行本の装画描かれたひとだと、え、絵描きさんなの? と思ったが小説も今までに何冊か出されていて、両方出来るひとのようだ。ニューヨーク在住だって。へえー。

内容は、予想していたよりもずっと良かった。好き。
東京の、ある「何の変哲もない」アパート、メゾン・エルミタージュを舞台に繰り広げられる、そこに住むひとそれぞれの日常ドラマ。このアパートにはエレベータが付いていないが、それが重要なところで、この連作短篇集の肝でもある。だって物語のいくつかは踊り場で起こるのだから。

1つのお話を読み終えると深シンと胸に降りてくる何かがあって、しばらくそのまま動かずに最後のページを眺める、あるいはいったん本を閉じてしばらく目を閉じる。すぐ次の世界に旅立つにはまだ早く、もう少し今の物語の余韻を噛み締めたり、心の中が波打つのを鎮めたい。
――ひととひととの関わりが、心と心の交流が、決して突飛でなくでもとても新鮮な切り口で描かれていて、新しいお話がはじまる毎に思わず目を見開いたり、うわあそういう設定かなどと思いつつ読みはじめる喜び。

それぞれのお話に出てくるひとが別のお話で何度も登場したりするので、一戸一戸が集まってまさにひとつの大きなかたまりになっているんだなあ、という雰囲気も見事。
あったかくて、どこかちょびっとクレイジーな感じの、鮮やかな世界にどっぷり浸れた。

各話のレビュー。
「草のたみ」
働いたことはなく、恋愛も気が付けば指の間からどんどんすり抜けていく。世の中の立ち位置というものがどうもしっくり掴めない、でもそれに必死で縋り付きたくも無い、といった風の依子さんが踊り場で座っている女のひとに出会うお話。立場も考え方も違うけれど、でも依子さんの気持ちがすごく沁みた。
「ダストシュートに星」
こんなきっちりしていて真面目で人柄に信用の置ける管理人さんがいるアパートに住めたらなあ! としみじみ思った。妻を亡くし、猫と暮らす管理人太田さんには実は息子がいて……。大島弓子『つるばらつるばら』を思い出したりした。
「小鬼ちゃんのあした」
日本にやってきて6年のイラン人ジャハドさんの部屋に小鬼がやってきた。異国で誰とも深く関われない彼、祖国からも逃げてきた彼、だけど……。
「イヌとアゲハ」
ふらりとやって来てはふらりと消える母の恋人。そんなキタザワ君と11歳のふうちゃんのお話。
「タイルを割る」
大きな声で話す闊達だった夫が倒れ、その介護をしながら娘時代を思い返す草代さんの話。最後の数行に本当に胸を突かれた。
「砂丘管理人」
幼い頃、両親に内緒で姉と子猫と近所の砂丘に出掛けて砂の中でさまよった少年。子ども時代にした、大人になって思い返せば青くなるような冒険は誰しもあるのではないだろうか。家族のカタチ、心の動きが鮮やか。
「金魚のマント」
小学生の頃密かに想いをよせていた相手と思いがけず踊り場で再会したタミ。その想いは知ったときから叶わぬものだった、けれども何十年経った今でも忘れられない、そして決して過ぎ去ったものではない想いだった。