2005/10/11

父が消えた

4309407455父が消えた
尾辻 克彦

河出書房新社 2005-06-04
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■尾辻克彦
表題作は正直少しだけダレかけたところもあったのだけど父親の描写が唸らせるものがあったし、更に霊園最寄駅に着いてからが(回想シーン含めて)ものすごくものすごーく良かった。イイ!うまい!
赤瀬川原平名義のはいくつも読んだことがあるけど、尾辻克彦名義は初めて。この作品で芥川賞受賞された、ってことで存在は知っていたんだけど、入手しにくかったこともあり。6月に河出が出してくれたのでまたオモテに出てきたのですね。笙野頼子のことといい、ホントに良心的な出版社だ!素晴らしい。

閑話休題。
尾辻克彦名義ってことで、全然違う雰囲気のを想定して読んでいったのだけど、全然そうじゃなかった。「赤瀬川さんだなあ~」という言動があちこちに散らばっていて、赤瀬川さんのお顔を思い浮かべながら読んでしまった。すごくよかった。会話のやりとりとか、まあまだるっこしいといえばまだるっこしいんだけど、でも赤瀬川さんと南伸坊さんの会話はまさにこういうふうなんだろうな、とか思って読むと楽しいし。

圧倒された名シーンがあるので引用させていただきます。

おかしいと思いのぞきに行ってみると、風呂桶から水が漏れているのであった。桶の上からあふれるのではなく横から漏れている。檜の風呂桶の、縦につないだ板と板の隙間から漏れているのだ。そのつなぎ目というのが木の風呂桶にはぐるりと十いくつもあって、その全部の隙間から外に向かって放射状に、噴水のように流れ出ている。十何本かのホースがいっぺんに外れてしまったようである。そういえば、木の風呂桶というのは使わないときでも水を張っておかなければいけないのだった。もう駄目だと思った。父はもうこれで死ぬだろうと予感した。父はもうじっさいには死んでしまったあとなのに、おかしなことである。だけど私は予感した。あとになって予感した。父の体はこれでもう死んでしまうのだと思ってしまった。これはもう取り返しようのないものだと悟ったのである。(中略)風呂桶の縦に走る全部の隙間から、ぎっしりと白眼がのぞいている。その隙間から、父は消えて行ってしまったのだ。


★追記
2篇目「星に触わる」これはガリ版刷りの話かと思いきやカメラの話なのだった。3篇目「猫が近づく」「自宅の蠢き」「お湯の音」を読んでコンプリート。
後に行くほど暗いというかマイナー思考というかそういうドロドロとした内面の出ている小説になっていって赤瀬川原平のイメージに追加されていった。解説は先に読んだんだけど、私生活のある面(離婚→父子家庭 =初耳でした)がやはり大きく影響しているようだ。小説として出来の良いのは表題作がダントツ。

このヒトには「家」「家庭」というものに対するある種の嫌悪感というか恐れ、みたいなもの――縛り付けるもの、家庭的な物に囚われることへの嫌悪、……ってのがあるのかなあ、違うかなあ。なんか、読んでいてひしひしとそういう感情が伝わってきたんだけど。女性は「自宅」をこういうふうには書かないよね。「引越し」をこういうふうには捉えないんじゃないかな。男女で感覚を区別しちゃうってのは乱暴だし時代遅れも甚だしいんだろうけど。ウーン。男女で分けないで「自宅」をプラスイメージで捉えるヒトとマイナスイメージで捉えるヒトとに分ければいいのか……。「放浪」タイプと「定住」タイプでもあるかなあ。芸術家だからってのもあるかもしれないな……。常に変化していたい、って意識があるのかも。

尾辻克彦の世界がこういうどよ~んとしたものだったとは、表題作読んだ時には思わんかった。っていうかそういう視点で1話目を思い返すとちょっと違う感想が沸き起こってきた。究極の「自宅」は「お墓」だしなあ……。