2003/08/13

消えた少年たち

消えた少年たち
オースン・スコット カード Orson Scott Card 小尾 芙佐
早川書房 1997-11


by G-Tools

■オースン・スコット・カード
【1日目】
ひそかに恐れていた日がやってきた。今日、仕事帰りに本屋に寄ったところ、『消えた少年たち』の文庫版が出版されていたのである。……といっても何が恐怖なのかわからんでしょうが。つまりこの作品は1998年の「本の雑誌」の年間ベスト1位に輝いたものなんである。そんでその書評、北上次郎(=目黒考二)氏の大絶賛を読んで当時の私が「ほほう」とさっそく買い込み、じっくり読んでいた作品なのである。
途中までは。
――そう、私はこの作品を最後まで読み通すことができなかった。300ページ以上堪えて読み続けたがついに「もうだめだ、堪えられない!」と叫んで栞を挟んで放棄したんである。
とにかく、つらい。上手いんだけども、その上手さがつらさをより引き立てる。
――そういう小説であった。
しかし北上氏をはじめ編集部こぞっての大絶賛ぶり、また小説としての出来が決して悪いものではないだけに、最後までいつか読みたい、いや読まねばならない、読まずにおらりょうか。という強迫観念めいた思いをいだきつつ、ついつい眼前の新刊に気をとられたりしているうちに時間のみが経過し、そのうちに読むとなったら最初から読み直す必要があるほどに空白期間が出来てしまった。
あれ、文庫にならないなあ、などと気にしつつもならないことで一種の自分への許し?を得ていたような気もする。
それが。あー、遂に文庫化。
帯にはご丁寧に「北上次郎氏、絶賛」だの「ダニエル・キイス氏絶賛」だのの文字が踊っている。わかってるっちゅーねん。

本棚から引っ張り出した本書をあらためて最初から読み始める。訳は小尾芙佐さんで、『アルジャーノンに花束を』ほかでお馴染みのあのお方です。つまり挫折したのは翻訳が悪いわけでは決してない。ちなみに文庫の帯とほとんど変わらない文句だった。斉藤由貴の解説も単行本から付いているんである(ちなみにこれも既読)。読み始めて、自分がなんでほとんど3分の2も読んだにもかかわらず読了できなかったのかを思い出していく。じわじわ。。。。
【2日目】
重いのを堪えて通勤の往復&昼休み&夕食後とぶっ続けで読んで、ついさっき、読了。
わああああああ!!これはなに、なんなのこの小説は!!凄い!凄い!まったくもって!!この呆然とするまでの驚愕を、驚嘆すべきラストの展開を味わった喜びを、どう表現すればいいの!言葉が追いつかない!頭の中はただもう叫び。――ちょっと時間を置いたら、冷静に語れるかしら。とりあえず冷静な(?)コメントは明日以降書きます。今日は、もう、ただ。――おじさん達がしつこく「黙って読め」と書いていた理由が、すんごく、しっかり解かりました。ああ。最後まで読めて良かったです。というか、なんで1999年のあたしはこれを最後まで読まなかったんだろう!!と、心の底から思いました。最後の展開のためにこの小説はある!で、それ以前は結構読んでいて嫌な人間がこれでもかと不快指数を上げてくれる(笑)。この不快指数を吹っ飛ばすくらいの、茫然とする展開があるのだ!!
ちなみにこれには同じモチーフの短篇が以前にあったらしく(日本語訳は出ていないみたい)、それを読んでいる人はこの小説のテーマがあらかじめわかっているため、それほどの衝撃は受けないそうだ(「本の雑誌」のバックナンバーひっくり返して読んだところに依る)。どうもその短篇自体はあんまりいいものではなかったみたいです。短篇のこと知らなくて良かった!こんな衝撃味わえるなんて、まあ10年に1度あるかなしかじゃない?北村次郎氏は20年に1度の傑作だとまでおっしゃってますけど、うーむうーむ。

★追記
昨日一昨日の日記を読み返して、呆れ果てたね。我ながら。『消えた少年たち』がどういうジャンルの小説かすら紹介していないじゃないか(爆)。というわけで。

えっと、これは99%が普通小説です。舞台はアメリカ。著者はモルモン教徒で、この登場人物もそう。だから生活には宗教が絡んでくるんですが(解説が斎藤由貴なのはその為ですね)、まあそんなに気にはならない。
この一家が主人公ステップ(32歳で一家の父親)の転職のために引越の車に乗っているところから話は始まります。ステップの新しい職場での、すんごい根性悪いへったくれの上司のしょうもない嫌がらせとかがすごくリアルに詳しく書いてある。それから、ステップの長男のスティーヴィー(8歳)も転校したわけですが、全然友達ができなくて。っていうかそれ以前にクラス中からいろいろ嫌がらせをされて、おまけに担任の女教師がほんとに教師以前の最低なヤツでこれも理不尽極まりない扱いをスティーヴィーに対して行うんですね。でもスティーヴィーがまた我慢強くて、親の云うことを生真面目にとらえて、そんな辛い目に遭っていても親に話さず一人でじっと耐えたりしてるわけです。しかしそのうち、スティーヴィーが架空の友達について話をしたりするようになる……。
その他、宗教絡みの人間関係で自分の主義主張を正義漢ぶって押し付けようとする輩だとか、常識がなくて変なことを云って妙に絡んでくる19歳の変な青年だとか、会社の仲間で仕事は天才的だけどどうも幼女に性的な悪戯をしてそれを悪いとも思っていないらしいヤツだとか、……とりあえずこの小説には読んでいて不愉快極まりない人物がこれでもかと出てくるわけです。で、その割に読んでいて愉快なひとはほとんど出てこない(^^;。主人公達にだって問題がないわけじゃないし……。次から次へと厄介ごとが起こってくるわけ。しかもあいつらは誰も反省しない。罰も受けない。勧善懲悪が全然描かれない。私が4年前に放り出したのはこのためです。今回も読んでいて勿論眉間に皺が寄りっぱなしでしたが、まあでも2回目ですから耐性できてたのと、今度こそは最後まで読んでやる!という意志があったから読了できたんでしょうね。

とにかくほんとに人間の描き方が巧い作家で、妻のディアンヌの子どもへの接し方の細やかさ、彼ら夫婦の子育てに対する姿勢にはうんうんと頷いたり、凄いなあと思ったりしたし、スティーヴィーの弟の元気で社交家なロビー(4歳)は読んでいるだけで可愛くてたまらなかったし、まだ2歳のベッツィはお姫様みたいだと思った。とにかく、リアルに丁寧に書いてある。すばらしい力量というほかは無い。

ところでさっき99%が普通小説と書きまして、「じゃあ残り1%はなんなの」って、それが昨日私が叫びまくった理由ですし、これをここで書くほど残酷なことはありませんので触れません。そういえば読了後ネットで検索したらいともあっさりとネタバレしているところがすごく多くてびっくりした。中には「そのヒトコトで片付けるか」とがっくりしてしまうようなのもあった。まあ個人の感想ですから、十人十色ですわな。しかしネタバレ読みたくない方は注意されたし。

ちなみに昨日の日記でも気づかれたかと思いますが、私はこの小説で大変なサプライズを味わったし、最後はちょっと涙ぐんだりもしましたが、この小説を「好きか嫌いか」と聞かれたら決して「好き」とは云えないんであった、嫌いでもないんだけれど。
その理由の1つはやっぱり嫌な人間ばかりがこれでもかと書かれていて、しかもそこまで書くのが果たして必然であったかどうかが疑わしいと思えるから。もう1つはまさにラストの展開の内容についてで、確かに驚くし小説としてもキレイな落とし方だとは思うし、これをハッピーエンドと思った読者も少なからずいるみたいだけれど、でも私は感情的にだけれどどうも納得できなかったから。
昨日興奮して(笑)寝付けず、いろいろ考えたのはどうしてああいう風に終わらなければならなかったのかということだった。彼がそういう運命に描かれたのが前半の書き込みに比べて説得力が弱い気がする。サプライズのためには必然だろうが。しかし状況が状況だけに、もうちょっと他の方法はなかったのか、がどうしても気になる。(短篇でも論争があったらしいですが、そもそも作品として別なのだし、はっきり解からないことなのでここで書くのは避けます)。
まあとにかく賛否両論あるようです。それだけのパワーを持った作品だからこそだと思います。まあ何はともあれ、優れた小説です。親の立場になってからまた読んでみたいなと思ったりしました。