2003/06/04

みどりの月

みどりの月
角田 光代
集英社 2003-05


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■角田光代
中篇2つ収録から表題作「みどりの月」を読む。エッセイ『これからはあるくのだ』を読んだときにも「ああこの人とはなんか決定的に違うところがあってそれが大嫌いとかじゃないけど少なからず神経に障る…」と思ったものだったけれど、今回の小説ではそれがもっと強く感じられました。文章は巧いし、流れる文体も好きなんだけど、読んでいると……どうしても、神経がささくれ立つ。例えば同じきっかけでハナシが始まったとしても、私が望むような展開には決してならない。しかし「こういう展開」こそが、角田光代なんだろうと思う。

それにしても最近の(というか)現代純文学の世界というのは怖い。怖いというか、とてもシュールな設定がいっぱいで、それが当たり前だとこっち(読者)も思ってしまっているところがあるのではないか。例えばこの「みどりの月」では男女四人が共同生活するのだが、その内容は「有り得ない?」と思ってしまうがあるかも知れないもの。思えば同居ネタというのは少なくないような気がする。『パレード』も『きらきらひかる』も同居モノだ。吉本ばななにも、あったっけな?

とりあえず、このハナシを読んでいてずうっと私が思っていたこと、主人公に望んでいたこと、それは「私はもはや我慢ならず、何もかも棄てて、飛び出した」という展開であった。しかしそうなったら角田光代じゃないんだろう。うーむ。。。

続いて「かかとの下の空」を途中まで。「みどりの」よりはマシかと思ったけど、やっぱり主人公に同調できない点がどうしてもあった。もちろん同調するところもあるのだが。――それにしても今文庫の帯を見て目を疑ったね。「明るい孤独とやるせない心の行方」が書いてあるそうです、この本は。……明るい孤独……。……。そうかあ???やるせない、っつーのはまあ解かるけどね。ウーム。「どうしてわたしは、いま、ここにいるんだろう。」って、それはあんたがそこから動こうとしないからでショッ!!(ちょっと取り乱してしまいました)。ああ、私はもう若くないネエ~、こんな感想持つようじゃ……。つまりこれらの主人公の女は、だらしない恋人にイライラしつつもそこに「依存」してるんだ。その自覚がないんだ。タチが悪い、とも言える。。。