2002/08/01

亡国のイージス

亡国のイージス 上 講談社文庫 ふ 59-2
講談社 2002-07

by G-Tools

■福井晴敏
【1日目】
序章からダークな登場人物の幼少時代が綴られ、「この路線でこのヒトの苦労の時代を書いて、で、成人してから本章に……って展開か?」と漠然と考えつつ読んでいたのですが、さにあらず。なんと、あと2人のバックボーンも描かれたのである。そして、どうやら全く育ち方は違うし年代も違う。「おお……、これはどう転がるんだ?」予想を外れたということは、先が読めない楽しみができたということだ。期待しつつ、本章突入。したら、またビックリ。なんと、舞台も登場人物も、序章の3人とかぶらないのだ!「うわっ、すげえ」と思いつつ読んでいく、内容もすごい。。。

今、土曜の朝にこれを書いていて第2章の途中(上巻の半分くらい)だけれども、この本、むちゃくちゃおもしろいです!!!(だから皆な言ってたってば、というツッコミがどこからか聞こえる(^^;))。違うんだってば、難しいと思ったら難しくないんです。――っていうか、確かに自衛隊とか国防諜報関係の話みたいだし、北朝鮮のこととかも絡んでるし、つまり近現代の世界情勢とかも絡んでるし、勿論硬いテーマだし重厚なんですけど、……そんなのをぶっとばすくらいの、巧さがあるんです、この著者の筆には。特に、1章途中あたりから出てくる自衛官たちの人間関係の実に細やかな描き方とか会話の深さとか、見交わす視線だとか……そういうのが、硬いテーマにほんとにあったかい潤滑油になってくれている。しかも、そこに「他人を思いやる」からこそのユーモアとか茶目っ気とかが実にいい具合に描かれていて、登場人物の巡査長じゃないけど「こんなのに弱いんですッッッ」という感じなのだ。

今まで読んだところの感じだと、どうやらこれは、安保後の日米の関係、そして北朝鮮工作員と日本の諜報機関との戦い、何よりも日本における自衛隊とは何か――という大枠の中で、「あくまでも個人」である主役達3人が自分たちそれぞれの問題とどう闘って行くか……という話なんじゃないだろうかと思います。もうすぐ日本の総理大臣が初めて北朝鮮と首脳会談を行う、っていういま読んでいるから、なんだか現実ともリンクする感じでぞくぞくもします。そして、3人の背負ってるものはどうやらハンパではない。命懸け、というレベルすらももはや超えているんじゃないかとすら思う。読んでいて、思わず目頭が熱くなる部分もある。想像を絶するまでの、断腸の思いを越えて、さらに彼らがどう生きるのか。――この先も、じっくりじっくり読んでいこうと思います。

【2日目】
上巻を読み終えて下巻のとっかかりまで。本格ミステリ(つまり社会派ではないですよ)で人が死ぬのと、こーゆう話で人が死ぬのと、読んでて衝撃度が明らかに違いますね。リアリティのせいかしらん?とりあえず、戦艦でドンパチとかそーゆうシーンが1巻ラストにかけていっぱい出てきます。読んでいて、私にしては珍しく、「これ、映画で観たいなあ」と思いました。頭の中で精一杯画像処理しつつ読んでいるんですけど、私の戦闘機の知識ってナディアのノーチラス号とか宇宙戦艦ヤマトの次元なんですよね。。。ロックしたらもう逸れないとか、そんな表現にいちいち「うおー」とか驚いているんですから時代遅れ?

今のところ読んでいて一番気になる登場人物は宮津艦長です。如月行はあまりにも自分と違いすぎて謎過ぎる。しかし勿論、気にはなる。この人は最後まで生きていてくれるのかしら……。後半に入ったので、そんなことも考えてしまうのでありました。映画化するとしたら、今井翼とかでしょうか?

【3日目】
読了。下巻の後半に入ってからは「そんでどう終わるんだッ」というので噛み付くようにして読んでいました。終章が意外に長い、ああでもカタルシスをたっぷり味あわせてくれるエンドロールとも言えます。

書いちゃいけないネタバレはしませんので気を付けて書きますが。

この話、読む前も上巻を読んでいるときも、お腹の中で「この著者の思想はどっち向いてるんかな~」という警戒感を捨てられずにいました。会社にもいますけど、軍事マニアとか、タカ派とか、要するにブッシュ的な発想をする方々がいます。闘う日本を求める……。故あらば戦争も辞さないぞ、という姿勢の人々ですね。

それを確実な論拠をもって否定できるほどの器は私にはないんですけど、平和ボケと言われれば返す言葉もないんですけど、でもやっぱり「それだけが解決法なのか?」と疑ってしまうというのが本音なのです。『亡国のイージス』はある一面だけをとらえると「日本(自衛隊や政府)」が「敵」から「攻撃」を受けるのにどう対処していくか、という話でもあります。「この話で著者は、軍隊を持たない日本の脆弱さや矛盾を書き尽くしてしまおう、って腹なのかなあ。戦争をある意味肯定するんかなあ。だったらヤだなあ~」と、思っていたのでした。――でも、違いました。下巻を読んでいくうちに、それはまったく私の浅慮にすぎなかったことを証明してくれたのです。

今の日本は、戦争を放棄しています。戦わずに、平和を唱えるな、と言う人たちがいます。でも、この小説を読んでいて著者から一番強く受け取ったメッセージはこれです「戦わずして、戦争を唱えるな、戦争ってどういうものか肌で知らない人間が足を踏み込んだらどうなるかも知らないで」。

戦場ではためらい、戦いの意味を考えていたら殺されてしまう、という意の発言に対して、ある登場人物は「おれは、それでも考えるのが人間だと思う。ためらうのが人間だと思う」と言う。以下の台詞がすべてを語っているので、引用します。

「実戦でそれを使えば、どういうことになるか……十人、百人の人が死ぬって重さを、本気で考えたことなんかありゃしない。日本って国では、それが当たり前なんだ。戦争の痛みを実感できる奴なんてひとりもいない。反対って唱えてりゃ、自分たちは安全だって思い込んでる。――(中略)――そんなのは本当の平和じゃねえ。嫌なものを見ないようにしているだけだ。そうじゃなくって、そういう辛い現実があるってことを認めて、ちゃんと備えて、その上で考えていかなきゃ……。行き残るためには戦う、でも一瞬でもいい、自分たちは撃つ前にためらうんだって覚悟で、みんなが自分の身を引き締めていければ……その時、日本は本当の平和国家になれるのかもしれない。(後略)

規模は大変大きく、日本の命運をもかけた事件を扱っていますが、やはり、描かれているのは「個人」でもあります。彼らがどう戦い、どう考え、どう生き、どう死んでいくのか。理解不可能としか思えなかった登場人物達も、それでもやはり同じ人間なのです。機械ではない。世界を巻き込むような行為だって、それを為すのは1人の人間の情熱だったりするのです。

「人間が道具を使う」生き物であることの意味を考えました。例えば、猿が子供を殺されて復讐をするにしたとします。でもそれは我が身で戦うだけですからその規模はしれています。しかし人間は、いま、一つのボタンで何千人をも殺せるような兵器を作り出しているのです。……ひとりの腕に、かかり得る多くの命。人間は、それを担えるだけの精神力を持っているものなのでしょうか?

ところで、余談になりますが、この日夕方何気なくテレビを付けたらイージス艦が映っていて、その幸運に狂喜してしまいました。なんかニュースの特番みたいなヤツでこれがメインではなかったんですけど、おかげでCICの内部とか観られたのです、おお、如月は、仙石は、宮津艦長はここで……!!感慨しばし。ほんとにラッキーでした。ちなみにイージス艦の維持費は1つで7億だとか言ってました……ははははは。