2019/05/22

椿宿の辺りに

椿宿の辺りに
椿宿の辺りに
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梨木 香歩
朝日新聞出版
売り上げランキング: 1,473
■梨木香歩
なっきーの長篇小説。
これは児童文学じゃなくておとな向けのほう。

初出は「小説トリッパー」2012年春季号から2015年春季号まで、2017年春季号から2018年冬季号まで連載され、書籍化にあたり加筆修正された。

帯はネタバレがあるから例によって読み終わるまで見ないようにしていたが、書店でぱっと表紙を見たら「なんか日本の神話時代の絡み?」と思わせる装画。
装画は今村紫紅(1880-1916年)。1908年作の屏風らしい。
装画は田中久子。

本文を読みはじめたら現代の都会にすまう「私」は男性で、三十代の会社員(化粧品会社勤務)。
なっきーの筆によって、読者たるわたしはいったい今回は何処に連れて行かれるんだろうか――
ちょっと戸惑って、冒頭数ページは2回読んでしまったが、あとはすーっと物語に引き込まれていった。

とはいえ、ずっと「何処に向かっている話なのか」は掴めないまま、かなり終盤まで戸惑い続けていた感じで、残りページがもはやあまり残っていないのを横目で見つつ、不安定な感覚で読み続け。
海幸・山幸の昔話は子どもの頃に絵本などで何パターンか読んだが、あんまりちゃんと覚えていない。

相変わらず、現実の中に「不可解な力」が混ざっているなあ、と思いつつ読んでいた、主人公は懐疑的だ、と自分では言っているが読んでいる身としては充分その中の住人という気がしていたので、最後の方で別の登場人物がもっとくっきりとそういう傾向に疑問をもって冷静に対処しようとしていた記述があって、そういう視点を繰り返して書かれているのが「お?」という感じだった。流してしまわないで、あえて書いてあるんだなあ。ふーん。

最後まで読んで、1回通読しただけでは全然「読めた」という感じがしない、物語がまだ「どう扱っていいのかわからない感情」の渦の中でぐるぐる回っている。
とりあえず強く感じたのは「これは、『f植物園の巣穴』をまた読み直さねばならぬのう……」と。
というわけで、これから読みます。

2019/04/14

殺す風

殺す風 (創元推理文庫)
殺す風 (創元推理文庫)
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マーガレット・ミラー
東京創元社
売り上げランキング: 124,990
■マーガレット・ミラー 翻訳:吉野美恵子
今年は東京創元社の【創元推理文庫創刊60周年】だそうで、記念キャンペーンが展開されている。
その【私が影響を受けた1冊】津村記久子さんの帯があって、手に取った。津村さんの名前が目に入らなかったらまず興味を引かれなかったであろうから。
文庫裏には
【他に類を見ない高みに達した鬼才の最高傑作。】
という凄いアオリがあって、海外ミステリー久々だけど読んでみよう、というわけで。

最初の100頁くらいはかなり読むのが苦痛で、その後も正直あんまり楽しくなかったけど読みはじめたし読み終わっちゃおう、という感じだった。なんせ登場人物があんまり性質が良くないのが多くて、特に女性キャラがくどくてしつこくて愚かでうんざりしてしまったのだ。
最後まで読み終えたらそんな単純に断じることは出来なくなっちゃったなー。イヤ全然違う方向で、確かに間違っているんだけども。凄い精神力だよなあ。そんなこと出来るものなの?
わたしは無理だ! 怖いわー。

巧いか巧くないかで言ったら、巧い。
ミステリーとしてだけでなく、普通小説として、人間模様とか、人間心理とか、ごく普通の市井の人間のドロドロドラマを描いてあるので、そういう話が好きなひとには面白いだろう。
夫婦小説としても読めるかな。

1957年に書かれた小説で、創元推理文庫からは1995年に出ているが、その前にハヤカワ・ミステリから小笠原豊樹氏の翻訳で1978年4月に出版されていた作品。
夫婦の会話で、妻が夫に対して敬語つかうのが昔の翻訳ものでは当たり前だったけど、1995年に出た翻訳ですらそうなんだなあ、などとちょっと思ったりした。

全然ミステリーぽくない小説だなあと思いながら読み続けて、でもタイトル「殺す風」だし原文でも「AN AIR THAT KILLS」だし、じゃあ「殺人」の話なんだよね、ミステリーなんだよね、ということは、ということだよね、などと考えていたら、300頁過ぎてからの某ページラスト行で決定打が出た。ぎゃー。そうきたかー。思わず本を伏せ、一呼吸置き、そのあいだに頭の中を冒頭からのストーリーが駆け巡る。
ということは! ということか! うわあああ怖ぇー。
ちなみに本文のラストは363頁。

こういう仕掛けのミステリーが空前絶後か、といったら全然そんなことはなくて、同じではないけれども似た驚きを与えられた作品は頭に浮かんだんだけど、マーガレット・ミラーの特徴はなんといってもやはりその設定をしっかり支える描写力でしょう。全部きっちり意味があったんだなあ、と最後まで読み終えて、頭の中がしばらく(作品の完成度に対する)感動でいっぱいになった。あんまり好きなタイプの話じゃないけど、ウマいなあ……、説得力もあるよなあ……そして何よりこの最後の哀愁!
なるほど傑作です。

2019/04/07

海も暮れきる

新装版 海も暮れきる (講談社文庫)
吉村 昭
講談社 (2011-05-13)
売り上げランキング: 22,960
kindle版
■吉村昭
本書は、1980年3月講談社より単行本刊、1985年9月講談社文庫刊の電子書籍版。著者あとがきあり。解説は無し。
本書は、自由律俳句の俳人、尾崎放哉が小豆島にやってきて、亡くなるまでの8か月間のことをメインに書いてある小説である。
吉村昭なので、小説といっても、丹念に取材して書かれているので、伝記的な色合いが強く思う。
放哉は結核で亡くなるのだが、その描写が非常にリアルなのは、著者自身が若いころに結核患者で、どうにか一命を取り留めたという経験がおありで、だからこそ放哉の晩年を書こうと思って取材した、とあとがきにもある。

わたしは二十歳くらいのときに尾崎放哉の句をいくつか読んで、当時出ていた『尾崎放哉全句集』(春秋社/1993年7月刊。現在は絶版)という単行本を買って、好きな句を選んでgifを作って自身のホームページに上げたりしていた(※パソコンの中を検索したら残っていたので以下に再up)が、放哉自身というか、どういう人間だったかなどにはあまり興味がなくて特に調べたりしていなかった(思えば、それが逆に良かった)。
ひとことで云えば、かなり嫌な性格をしていたようだ(僻みっぽく、プライドが高く、そのくせひとに金や食べものをせびって当たり前のような顔をしている)。その上、酒癖が悪い。

読んでいて途中で休憩したときに「なんとまあ、ひどい人間だ」とうんざりしたが、吉村昭の不思議なところで、文章が良いのか、読ませる。というか、やめられない。結果的に、午後から読みはじめて、家事のあいまも読み、眠る前にも読み続けて半日で読了してしまった。
尾崎放哉という人物についてはよくわかったが、小豆島のひとびとの気持ちは書かれていなくて、想像するしかなかった。放哉の俳人としての才能を知っていたひとや僧職にあるひとの親切ですら「よく、面倒を見たなあ」と感心するくらいなのに、単なる近所の住人だったシゲさん(庵の裏手に住む老漁師の妻)が放哉の身の周りの世話を無償でずっとし続けた、その理由は書かれていなくて、どうしてだろう、そういう人間だったとしか言えないんだろうなあ、などと読み終わってからもあれこれ考えたりした。



実は数年前、2014年夏に小豆島に旅行に行った際に、尾崎放哉が住んでいた場所ー―尾崎放哉記念館、としてあるが「館」という文字から想定するような場所ではなく、当時のままの、ごく小さい平屋だ――には行ったのだが、この小説を読んで、そういえば、展示の中に、放哉が地元のひとに迷惑をかけまくっていたようなことが書いてあったなあと、だけど昔の文学者には「文学は素晴らしいけど、人としてはどうよ」的なのが珍しくもないから特に気に留めてなかったなあ、というようなことを思い出した。
あの場所は、庭も道も乾いた土の黄土色で、その印象が強く残っている。

以前に同著者のエッセイ『私の好きな悪い癖』を読んだときに小豆島で行われた尾崎放哉についての講演を活字に起こしたものが収録されていたのだが、すっかり忘れていたので本書を読み終えた後に読み返したらさらに興味深かった。この本には結核を病んでいたころのエッセイも収録されている。
尾崎放哉の句については、2008年2月刊のちくま文庫などが入手できるようだ。
また、青空文庫で「選句集」は読める模様。


私の好きな悪い癖 (講談社文庫)
講談社 (2013-12-20)
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尾崎放哉全句集 (ちくま文庫)
尾崎 放哉
筑摩書房
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2019/03/21

山の上の家 庄野潤三の本

山の上の家―庄野潤三の本
庄野 潤三
夏葉社
売り上げランキング: 77,610
■庄野潤三
本書は夏葉社2018年7月30日第1刷の単行本である(わたしの手元にあるのは気付くのが遅かったので2018年10月30日第2刷版である)。
著者欄には庄野潤三、と書いてあるが、そして本書には庄野潤三の短篇やエッセイも収録されているのでそれはそれで間違いではないだろうが、手に取って読んだ感想では(まだ全部読めていないがいちおう最後までざっとどんな内容かは確かめた)、■島田潤一郎、としたい気持ちだ(本書の発行者である)。
装幀は櫻井久氏。

垂涎の、とはこのこと。
ネットで表紙画像をみた瞬間にぐぐっと身を乗り出した。ななななにこの本、えっこの画像もしや庄野先生の書斎ですか? うわ、夏葉社だし!絶対良い本じゃないかっ。

実際中身を確かめた感触としては「こっ、これは、”庄野潤三ファンブック”といえるのではないか…っ」。
書評集とか、評論集とか評伝とか研究書とか、そういうカタい学術書じゃなくて、えーと、ムックとかが近いのかな、でもムックは雑誌形態でペラペラの表紙なのに対し、本書は夏葉社ならではの美しい製本がなされていて。
まずこのサイズ! Amazonによれば【19 x 15.4 x 2.6 cm】。
よくある「四六版」が W127×H188mmなので、横幅が広めなので、「本にしては、正方形っぽい」と感じる。
カバー写真も美しいが、それをはがした本体の深い緑に庄野潤三が描いたスケッチがあしらってあるデザインもニクいね。
そして巻頭数ページのカラーページには、庄野先生の御宅のあちこちのスナップ写真が……おおお「この机で先生がっ」とか「この水瓶はもしやっ」とか脳内大変騒がしい興奮状態で(外見上はおそらく)冷静にページをめくっていく、そのヨロコビ。

先生の長女であられる今村夏子さん(作家と同姓同名だが別人である)の文章は、先生の著作の中で手紙としてよく引用されているからお馴染みという感じだが、本書には長男さんも文章を寄せられていて、おおお、という感じ。娘と息子の立場ではまた視点が違うというか、男の子と父親の関係ならでは、というのはあるかと。ふつうは、身内(実の父親)を公の場で誉めたりはあんまりしないけれども、本書の性質上、長女さん長男さん共におおいに絶賛されている。
庄野先生はスポーツマンでいらして、庭の鉄棒で大車輪をしてみせたりしていたそうで、凄いなあ。

あとの方で、夏子さん提供の白黒写真の中にそれを彷彿とさせる写真があって、おお、まさに今から勢いをつけていくトコロですな。
この時代の家族写真って、味があるなあ。

まだ全然中身は読み込めていないが、このあいだから眠る前などにちょっとずつ有難く読んでいる。
「全著作案内」を読んでいたら、あまりにも面白そうな未読作品がたくさんあって眩暈がしそうだ。えーとこれ、全部簡単に手に入るのかなあ。

【目次】
巻頭写真:白石和弘
ステッドラーの3Bの鉛筆:佐伯一麦
庄野潤三の随筆、五つ
(わが文学の課題/息子の好物/郵便受け/日曜日の朝/実のあるもの―わたしの文章作法)
子どもたちが綴る父のこと スケッチ・庄野潤三
(私のお父さん:今村夏子/父の思い出:庄野達也)
庄野潤三を読む
(「山の上」という理想郷:上坪裕介/庄野潤三とその周辺:岡崎武志)
単行本未収録作品
「青葉の笛」
庄野潤三全著作案内
:宇田智子/北條一浩/島田潤一郎/上坪裕介

年譜のかわりに
山の上の親分さんとお上さん江
庄野潤三・随筆集収録作品(五十音順)
庄野潤三・短篇集収録作品(刊行順)