2018/07/03

パリの国連で夢を食う。

パリの国連で夢を食う。 (幻冬舎文庫)
川内 有緒
幻冬舎 (2017-06-09)
売り上げランキング: 176,757
kindle版
■川内有緒
本書は2014年9月イースト・プレスから単行本として上梓され、2017年6月に幻冬舎文庫として出版されたものの電子書籍版である(解説は省かれている)。

「国連」と聞いてわたしがまず思い浮かぶのは黒人の痩せこけた幼子の黒い目で、これはユニセフのCMからの印象だろう。なんとなく、「地球上の難儀な地域に行って、働いているひとたち」「核兵器廃絶とかCO2削減とか環境問題とか地球規模でいろいろ議論をしているひとたち」というイメージである。

しかし本書で描かれているのは「そういう国連」ではまったく、無かった。
「現場で働く」国連の方々もいらっしゃる。
だが、著者が5年半務めたのはパリにある国連のオフィスで、たまに出張とか現地に飛ぶことはあったが現地調査は別のひとがやることに決まっており、あくまで事務方的なポジションだったようだ。
予算が2年ごとに決められていて、人員とかも部署ごとに決まっていて、仕事量と人数が合っていなくても補充も難しいとか、残業しにくい環境とかが書かれていて。
こ……これは規模が「国際レベル」になっただけの「市役所」では……。
(著者はバリバリ働きまくりたかったが、そういう部署ではなかった。だが、部署ごとに人員割当等が決まっているから、忙しい部署への異動とか出来るシステムじゃなさそうだった)。
わー、なんて非効率的! 

そもそも国連に正規職員として勤めようと思ったら大変な応募倍率で、2千人に1人くらいの狭き門らしい。
国籍によって採用枠が決まっているので、国によって倍率は変わってくるみたいで、あと入り方も何種類かはある。
著者のようにインターネットに求人が出ていて応募、というのもあれば、その国に勤めている国家公務員の出向?みたいなのもあるらしい。
部署によって異なるんだろうけど、著者の勤め先では休暇もたっぷり取れるし、残業も無いし、お給料もそこそこ良いし(著者が日本で勤めていた時はもっと稼いでいたらしいが残業もたっぷりあった)、福利厚生は充実。
外交官特権でスピード違反しても捕まらないし(国連職員は、緑色の外交官用のナンバーなので)、パスポートも国連職員ならではのをもらえる。
何より、25年勤めたら、死ぬまで結構な額の年金がもらえるんだそうだ。
すごーい。

でも著者5年半で辞めちゃったんだよね。それは何故か。本書を読んだらわかるけど、まあ、求めていた職場とあまりにも違ったんだろうな。
日本で「安定が一番だから、公務員になりたい」というようなタイプだったらこの職場は最適・最高・夢のようだろう。

勤務先がパリなので、パリに住むわけだが、いざ住む場所となるとパリは住宅事情が非常に厳しく、中でも賃貸物件は非常に少なくて大変――というのは『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』にも出てきたので、「あー」と思った。
でもなんのかんので良い部屋を見つけておられる(数か月かけて、だけど)。

パリ勤務だったらフランス語も必要なのかと思ったら職場では英語でもなんとかなって、フランス語は後追いで勉強された模様(でも銀行の手続きとかではフランス語がよくわからないために苦労や失敗があったみたい)。

経歴を見たら日大の芸術学部卒だったので意外だったが、大学進学のときは映画製作に興味があったということで、本書の終盤でも退職時に記念映画(?)を制作したりしている。
この最後の映画については、ものすごい国連への皮肉で、これからも国連に勤め続けるひとたちへの「最後っ屁」感があまりにも強くて、ご本人は至極満足していたみたいだけど、どーなのかなー。後で陰口たたかれてんじゃないの? 若気の至りってヤツなのかなー(31歳で就職して5年半で退職だから36歳くらい……微妙なところだな)。

国連辞めて、そのあとどうされたかというと、なんと作家になられたそうで。えー作家だったら国連辞めなくても良かったんじゃないの勿体ない、と思わないでもないけど、夫さん(作中で出会い、結婚する!)と遠距離のままっていうのもどうか、っていうのもあったのかもね。

「文庫版あとがき」で、「意外なことに」本書を読んで国連で働きたいと思ったひとからの感想がいくつかあって驚いたと書かれているが、ははは、これはもう丸っきりの皮肉ですな。

おいくつくらいの方なのかなーと思いつつネットで近況を見てみたら2014年時点で42歳のようだ(ソース:「42歳で一児の母になる。」オフィシャルページABOUT Meより「2014年11月長女出産」(国連を辞めてノンフィクション作家へ/あの人のことば@ハフポスト )。
えっ、てゆーか42歳で初出産かー。大変そうだけど、この方らしいような気もする。

目次
序章 エッフェル塔は輝いて
第1章 迷宮と穴蔵
第2章 国連のお仕事
第3章 パリの空だけが見えた
第4章 転がる石
第5章 不思議の国の魔法はとけて
文庫版あとがき

↓ちなみに単行本はこんな装幀。随分違うなあ。

パリの国連で夢を食う。
川内有緒
イースト・プレス
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吉祥寺だけが住みたい街ですか?(3) (ヤンマガKCスペシャル)
マキヒロチ
講談社 (2016-10-06)
売り上げランキング: 26,438

2018/06/28

辛い飴 永見緋太郎の事件簿

辛い飴 永見緋太郎の事件簿 (創元推理文庫)
東京創元社 (2015-11-21)
売り上げランキング: 98,437
kindle版
■田中啓文
本書は東京創元社(創元クライム・クラブ)から2008年8月に単行本刊、2010年11月創元推理文庫刊(「さっちゃんのアルト」は文庫おまけ)の電子書籍版である。
単行本あとがき文庫版あとがきに加え、解説(山田正紀)もきちんと電子書籍にも収録されている。有難い。
短篇全8篇収録。

プロのジャズ・ミュージシャン唐島英治(トランぺッター)が語り手、テナーサックス奏者・永見緋太郎をホームズ役とするミステリ、シリーズ第2弾。
基本的には殺人を扱わない日常の謎系のシリーズで、がっつりジャズ演奏シーンの描写が盛り込まれていることが特徴的だ。おまけに、各篇ごとに著者のその短篇に絡めたジャズの名盤紹介もある(正直これは興味がないのですっとばしているが)。
ジャズに興味は無いが、それでもこのひとの描くジャズ演奏シーンはなかなかの迫力で、聴いたら凄いんだろうな、楽しそうで興奮しそうだなとは思う。

以下【目次】とネタバレしない程度に軽いコメント。
「苦い水」
ビッグバンドの話。このビッグバンド読んでるだけで楽しそう~。話そのものは古典的人情話で「ええ話やなあ」。まあ、「どっかで読んだことのある話」という感じは否めないが…。

「酸っぱい酒」
名古屋のその店には伝説のブルースシンガーがかつてふらりと現れ、ものすごいブルースを聴かせたという…。
全体的に悪くないのだが、最後の「背が高い」の解明のくだりだけは「んなアホなー!!!」どう考えても無理がある。

「甘い土」
九州の土着文化が残る閉鎖的な村に伝わる素晴らしい民俗音楽。
テレビの人間が必要以上に露悪的に(しかもステレオタイプ)描かれているのが何だか「古いなー」としか思えなかった。今どきはみんなもっとコンプラ的に敏感でしょ(たとえお腹の中は変わっていなくても)。
民族音楽の歌詞が筒井康隆っぽいなと思っていたらまさにそこへむけて描かれた話だった(あとがきにも書いてあった)。

「辛い飴」
若き日の唐島が痺れてコピーしたりしまくった憧れのアメリカのバンドの来日にまつわる話。
そんなことが可能なのか、と思うが、才能のあるひとたちで練習量もあって、しかも必死に熱心に、だったらあるのか、凄いなあ、と感心というか感動というか。
とりあえず、音聴いただけでその謎が見通せていた永見緋太郎は有り得ない天才だ。

「塩っぱい球」
これはなんて読むの、「しょっぱい」?
永見は野球をほぼ知らなかったみたいで、こういうところホームズっぽい。
応援団のあるひとがこれもステレオタイプに嫌な野郎であった。
それにしても阪神タイガースの金本監督だよねこれ、モデルは。「兄貴」をそのまま使えないからって「兄者」って……かなり苦しかったんだろうなあ、笑える。
よくあるネタを下敷きにした話だが、球場に響き渡るトランペットソロのアメイジング・グレイスを想像出来て、そこが美しかった。

「渋い夢」
密室消失モノ。なんと分解不可能な超高級グランド・ピアノが消えた!?
趣味が高じて酔狂にも唐島たちのジャズ・グループを高額報酬で呼んでくれた地方の社長さん。このひともステレオタイプに多趣味で、生半可ツウなキャラかなと最初は思ったが、登場人物たちと同様、だんだんと良い面も見えてきて、なかなか奥行があって良かった。
作中に出てくる俳句は田中さん作だろうけど、俳句も詠まれるのね。
演奏シーンがすごく良くて、読後、あとがきでこの短篇が第62回日本推理作家協会賞を受賞したとわかり、その理由がジャズシーンの描写にあるとわかって何だか納得。でも全体としてとても美しく纏まっていたと思う。

「淡白な毒」
録音されたはずのない声が微かに聞こえる楽曲、というのはホラーのうわさでたまにあるが、それを扱った話。
今回は個性的なジャズ・シンガーが登場する。
なかなかアクの強いプロデューサーが出てきて、若き日の唐島さんのエピソードが面白かった。

「さっちゃんのアルト」
ヤクザ登場。
それからどうなるの!?と期待が高まったところで終わってしまった感はちょっとある。この話は永見が出て来ない。

あとがきを読むまで意識していなかったけど、前作『落下する緑』は各短編のテーマが「色」で今回は「味」なんだそうだ。だから不自然な日本語になってたのかー。

2018/06/21

怪盗ニック全仕事4

怪盗ニック全仕事4 (創元推理文庫)
エドワード・D・ホック
東京創元社
売り上げランキング: 343,055
kindle版
■エドワード・D・ホック 翻訳:木村二郎
【価値あるものは決して盗まない】怪盗ニック・ヴェルヴェット・シリーズ第4弾。
全15篇収録。原著発表年は1983年~1989年。

このシリーズ後半で重要なキャラとなる【白の女王】ことサンドラ・パリスがこの巻で初めて登場し、活躍する。
白の女王 不可能を朝食前に
というキメ台詞(そういうメッセージを記したカードが置かれている。キャッツアイみたいだ)があったりして、美人でスマートな怪盗ぶりで、なんだかすごくカッコイイ。
ニック、キャラ負けしてないか…?
この小説が書かれた時代では流行らなかったのかもしれないけど、いまだったら白の女王シリーズのほうが売れるような気がする。

最初に名前だけ聞いたときはニックのライバルだし、同じ分野で邪魔する嫌なのが出てきたのかと思ったけど、実際に彼女の怪盗の鮮やかさぶりを読んだり、ニックと対面した時の言動などを読むと一瞬で好感を抱き、ファンに変わった。
大変魅力的な女性で、ニックと年回りも合うので色っぽい関係になるのかなーと思ったけどニックには長年つきあっている(このシリーズでは主人公たちが年齢を重ねていくので本書では二十年くらい一緒に暮らしていることになっている)ガールフレンドのグロリアがいるので、そのへんの線引きはきっちりしている。

しかしそのグロリアとニックのあいだに、本書ではかなりハードな亀裂が入る話も収録されている。
その亀裂は広がるのかと思いきや、特に大きな努力とかもなくなんとなく元のさやに納まる。そして後の話ではそのことにちょっと触れることはあるが、グロリアとの仲はおおむね良好だ。
……えーと、グロリアのあれは、このシリーズみたいなトーンの話で必要だったのかなあ?
なんか無駄にいろんなひとの地雷踏み抜いて読感悪くしただけじゃ……。

このシリーズは1巻を2015年9月に,2巻を2016年を6月に読んで3巻を読まずに今回4巻を読んだので細かい設定を最初忘れていたが、ニックが怪盗をして口を糊していることをグロリアが知っている設定になっていたのでちょっとびっくりした。どうやら3巻でカミングアウトがあったらしい。

15篇の中には微妙だなーというのもあったが、だいたいそこそこ面白かった。
「そんなもの盗むの!?」っていう驚きはこの巻ではほぼ感じられなかったのはこっちが慣れたから、だけではないような。

目次
白の女王のメニューを盗め
売れない原稿を盗め
ハロウィーンのかぼちゃを盗め
図書館の本を盗め
枯れた鉢植えを盗め
使い古された撚い糸玉を盗め
紙細工の城を盗め
人気作家の消しゴムを盗め
臭腺を持つスカンクを盗め
消えた女のハイヒールを盗め
闘牛士のケープを盗め
社長のバースディ・ケーキを盗め
色褪せた国旗を盗め
医師の中華箸を盗め
空っぽの鳥籠を盗め
(解説)怪盗を捕らえてみれば女なり/木村仁良

2018/06/17

日日是好日  「お茶」が教えてくれた15のしあわせ

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ
森下 典子
飛鳥新社
売り上げランキング: 51,282
■森下典子
しばらく前に大きめの本屋さんで特集コーナーに飾られていて、「あ」と思って買い求めてあった本をようやく読む。
240頁に満たない薄さ、且つ活字がゆったりと組まれている本なので、ゆっくりゆったりと読んでもすぐに終わってしまった。

お茶のお稽古を25年も続けてこられた著者のお茶に関するほのぼの成長エッセイ、と思ってすっかり気を抜いて読んでいたので、途中で結構へヴィーな失恋の話が出てきて「あらっ」と手を止め、そしてその少し後にさらにへヴィーなお父様の突然の死が書かれていて心がズーンと沈んでしまった。
どちらについても、わりとさらっと、淡々とあったこと、感じたことを綴られているだけなのだが、気が紛れない。
仕方がないのでどうしてか、と自己分析するに、「突然の肉親の死」はやはりどうしたって衝撃的だし、誰にだって「想定できない死」は怖いし、悲しい、それに加えて「会おうと思えば会えたのに、自分のわがままで会わなかった」という後悔を伴う出来事がくっつけば、「明日は我が身…」という気がして、余計に切なさが増す。

お茶のお稽古をされている方、経験のある方はまた違う読み方をされるのかも知れない。
とりあえずわたしはいっぺんも習ったことはない、という立場だ。
観光地などでお茶をいただいたことは数回ある。
お茶について書かれているエッセイ的なものは初めてではない、ように思うのだけれどもちょっと調べたけれど出てこない……。

「お茶のお稽古」と聞くと構えてしまいがちだが、その「硬さ」をするっと緩めてくれ、かなり身近な気軽な感じにもっていってくれるのは著者の個性か。
この方の他の著作を読んだときにも感じたことだが、この著者は随分自分の能力を卑下するような書き方をされているけど、書かれていることや経歴から、そんなふうに書かなくたっていいのになあ――ということを今回も考えた。
もちろん日本には「謙遜の美徳」というものがある。
謙遜して、そう書いているんでしょ、というのも多少はある、それは当然だ。
でもしばしばこの著者は謙遜で書いているのではなくて本当にそう考えているんじゃないか、自分を卑下して悩まれているんじゃないか(過去のことを書いた本だから過去形なのかもだが)と感じてしまう。だからこっちも真剣に説得したくなるのだ。そういう性格、で片付くものなのかも知れないが。

まあ世の中には器用なひとというのがいて、天賦の才としか云い様のない御仁というのもおられる、というのはわかる。
でも他と比べたって仕方ないじゃないか、と、いや、比べてしまう気持ちもわからんでもないのだが、「いやいや、あなたも充分すごいですよ」と言いたくなるというか。
そもそも同じお稽古を同じ先生について25年も続ける、というのはちょっとやそっとでは出来ないと思う。環境とか、意志とか、ひととの相性とか。どんなに相性のよい先生でも25年も毎週通っていれば、いろんなアラがお互いに見えてしまうだろうし。
本書でも「もう辞めよう」と思った時期が書かれているが、それを乗り越えられた。きっと、書かれていないけれど、大小はあれ、いろんな紆余曲折があったのだろう。

毎週、だ。それを、25年だ。
二十歳の大学生のときから、卒業、仕事、諸々環境の変化をしつつ、不惑を越えて、続くお稽古の日々。
ちょっと考えただけで「あーわたしには無理」。
日々の雑務、環境の変化、続けない「言い訳」はいくらでも出来てしまう。
しかもそれで目に見える「利益」がある、とかじゃないのだ(仕事とか。やめたら食べていけないなら、続けざるを得ない)。

雨の匂いを感じたり、季節の移ろいを肌で実感したり、それはお茶をしていない我々でもある程度年齢を重ねれば誰でも多少なりともその「自分の中の受け止め方の変化・成長」というものは実感していることだとは思う。ただ、「お茶を習っていたらどうだったか」は習っていないので比べることが出来ない。
しかし毎週、日々の雑務と切り離された凜とした時間を持つ、ということはやはり何か「違う」ものを生むだろう、ということは想像に難くない。
雨を感じ、雨そのものになったように感じるシーンの描写など、読んでいてなんだかとっても嬉しくて、新鮮で、雨音と雨の匂いががわたしの周りにもわああああっと沸き立つようだった。

季節を肌で感じる、を、実地でいくと、本書になる。

なお、わたしは2002年1月飛鳥新社刊の単行本で読みましたが、2008年11月刊の新潮文庫版がある、ということを読み終えてさっきネットでググって知りました…orz。

目次
茶人という生きもの
「自分は何も知らない」ということを知る
頭で考えようとしないこと
「今」に気持ちを集中すること
見て感じること
たくさんの「本物」を見ること
季節を味わうこと
五感で自然とつながること
今、ここにいること
自然に身を任せ、時を過ごすこと
こもままでよい、ということ
別れは必ずやってくること
自分の内側に耳をすますこと
雨の日は、雨を聴くこと
成長を待つこと
長い目で今を生きること

文庫版↓

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)
森下 典子
新潮社
売り上げランキング: 1,875